under the rose Entry 159

明楽の入学式・4


 屁意。オナラがしたい。
 催したガスの圧力は途方もなく強烈で、明楽は硬直したままただそれを受け入れる事しかできなかった。無論、ガスという形であるため本来の排泄衝動とは比べ物にならない些細なものだが、たったいま無作法を叱責されたばかりの明楽に、この突然の出来事はあまりに予想外だった。
 ぎゅっとスカートの裾を握り締めた手のひらに力が篭る。全神経を括約筋に集中して、おしりの孔をかたく締め付ける。全身全霊の我慢の体勢だ。……だが、全校生徒の真ん中でそんな体勢を取らねばならないこと自体が、明楽の羞恥心を激しく刺激する。
 こうしてガスを噴出させることだけは避けようという、少女の必死に努力すら、ポニーテールの少女が指摘した『みっともない』事なのだ。
 明楽がきちんとトイレを済ませてさえいれば、こんなふうにオナラを我慢する必要もない。
 だからこそ、今のこの状態は、自分がトイレのしつけもきちんとできていない、恥ずかしい女の子であると認めるに等しかった。
 おなかの中では、腐ったガスをごぼごぼと沸き立たせながら。我慢しているそぶりす7ら見せることの許されない、あまりにも無常な状況。誰一人味方のいない、しんとした講堂のなかで、明楽は必死になって耐え続ける。
(っ、……〜、……っ!!)
 本来なら、腹の奥底から込み上げる衝動に耐えるには、足を寄せ合わせはしたなく、もじもじとお尻を突き出して揺するのが一番の楽な姿勢である。しかし、微動だにすることのできないままでは小さな衝撃すらぎゅっと締め付けた隙間を無防備に体内からの圧力にさらす行為だ。ただただじっと、明楽は耐え続けた。歯を食いしばり、ぐっと行きを飲み込む。

 ぐぅ……ぅぅぅ……

 少女の努力の甲斐あって、かたく閉ざされた出口にぶつかったガスの塊はゆっくりと腹腔の奥に戻ってゆく。その時に響くごきゅるるるっ……という逆流の蠕動が、恐ろしいほど不快に明楽の背筋を駆け上る。
(ぁ、……はぁ、はぁっ……よ、よかった……)
 辛うじて下品なガスの放出を押さえ込み、湧き立つ屁意を追い返した明楽だが、決して安心は許されなかった。
 どうにか放出を耐え切ったというのに、今もなおおなかはバランスを崩したかのように不安定な状態を加速させている。一番危険な状況さえ乗り越えてしまえばしばらくはおさまるだろう、と思い込んでいた明楽を無視するように、再び小さなうねりが断続的に響き、ねっとりとした熱いガスの塊が直腸のそばまで押し寄せてくる。
(そ、そんな……また…? だめ、出ないで、……だめぇっ……)
 一週間にわたる長期の熟成を経て発生したガスは、過敏になり始めた明楽の下腹部を無差別に駆け巡り、腸液を分泌し始めた柔毛をじわじわと蹂躙してゆく。
 不意に高まる圧力は、波のように押しては引いてを繰り返し、何度も段階を経てどんどんと激しさを増していった。せっかく飲み込んだはずのガスが、あっさりと腹腔から押し戻され、直腸まで再度せり上がってくる。
(だ、ダメ……ダメなのに、……したく、なっちゃダメなのにっ……!!)

 ぐきゅ、ごきゅるるるるっ、ごぶっ、ごぼぼぼっ、

(……っ、……ダメ、っ、がまんしなきゃ……!!)
 少女の内側で悲壮に繰り返される拒絶と決意。それを無慈悲に踏み潰して、ひときわ大きなうねりが明楽を襲う。なだれ込んだ濃密なガスが下腹部に達し、さらにおしりの一番先端、脆くも敏感な場所にまで押し寄せてゆく。自分の身体の奥底から襲い来る途方もない腹圧に、明楽はただ、無力だった。

 ごるっ、ぎゅるるるるっ、ぐぎゅ、ぎゅるるっ、りゅぶっ、ぶっ!!

(っ、あ、あ!!)
 声にならない悲鳴を、明楽が両手で塞いだその時だ。

 ぷ、ぷっ、ぷすっ、ぷぅっ…!

 灼熱のガスが、かたく閉じられた排泄孔をすり抜け、鉄壁のはずの守りを突破して吹き出した。背筋の寒気と共に全身を緊張させる明楽だが、もう襲い。

 ぷ、ぷぅっ、ぷぷぷっ、ぷすっ、すーーーぅ……

 伸縮を繰り返す排泄孔から、可愛らしい小さな音と共に濃密な悪臭の塊が吐き出されてゆく。うねる直腸の衝撃をそのまま形にするように、明楽のおしりの孔は何度も細く開いてはガスの塊を吹き出してゆく。
(ぁああ、あああああ……っ)
 放出の瞬間を感じ取り、無力な自分を呪いながらも、明楽はまるで動けない。下腹部のうねりはなお激しく、下手に刺激すれば即座に第2波が到来しそうな予兆があった。せめてもの幸運は、明楽の排泄孔が上手く作用したため、放出が『スカシ』となったことだろう。辛うじて大きな音は立てる事なく、漏れ出したオナラは周囲に拡散してゆく。
 だが、
 音はなくとも、そこに篭められた高密度の悪臭だけはどうしようもない。
「……ねえ、ちょっと」
「ううん、これ……」
「うわ……なに、これ」
「臭い……」
 たちまちのうちに周囲に拡散してゆく激しい腐臭。かすかなざわめきは、けれどそれだけ厳粛な式でははっきりと聞こえた。厳かな式典の最中には似つかわしくない生徒達の囁きが、あたり一面に広がってゆく。それはちょうど、明楽の放出してしまったガスの被災区域を知らせているかのようだ。
「ねえ、誰……?」
「みっともないよね……オナラ?」
「ちょっと、やめてよ、こんな時に……」
「もう、誰だか知らないけど、トイレ行きなさいよ……!!」
 明楽の周辺、クラスメイトだけではなく他のクラスの生徒たちまでもが一斉に顔を背ける。なかにはあからさまに呼吸を止めたり、顔を反らしたりしている者までいた。実際、そうでもしなければ耐えられないような悪臭なのだ。ほとんど毒ガステロと言ってもいいような事態だった。
 たった少しだけ、明楽の我慢を溢れて漏れ出したガス。しかしその悪臭はただそれだけで、明楽のおなかの中身がどんな惨状になっているのかをまざまざと知らせていた。
「っ………」
 身をちぎられるような猛烈な羞恥の中で、明楽はぐっと唇を噛んで堪える。
 幸いな事に、新鮮な空気を撹拌する空調が稼動し続けていたせいで汚臭はやがて薄まり、明楽の周辺の生徒たちは悪臭の発生源がどこなのかをはっきりと特定できずにいた。初対面の生徒が多く、一見目立たない明楽がまさかそんな事をしたのだと思いつく生徒がいなかったことも影響していた。
 だから、明楽はきつく目を閉じて、必死に時間をやり過ごす。できるだけ今のことを考えないように、周囲の生徒たちの反応を見ないようにしながら。
(っ……大丈夫、いま、ちょっとだけど……恥ずかしいけど、オナラ、でちゃったから……ちょっと楽になったし、あ、あと、これなら、……し、しばらくなら、ガマンできるはずだし……)
 現実逃避に近い意識の働きだった。
 しかし、このまま耐え続ければ、うやむやになってごまかす事は不可能ではない。怪しまれることはあるかもしれないが、大多数は顔も知らない生徒たちの集まりだ。入学式で起きた事なんてそのうち忘れてしまうのだろう。本当はそんな簡単な結末なんて想像できなかったが、明楽は無理にでもそう思いこもうとしていた。
(あと少し……たぶん、10分くらいだから……そしたら、今度こそ、おトイレ……行って……ちゃんと、ちゃんとうんち……!!)
 一週間ぶりに、最悪のタイミングで訪れた便意。あれだけ頑張ってもいうことを聞いてくれなかった明楽のお腹は、腐りきった中身をごぼごぼとうねらせている。まだ見ぬトイレでの解放を思い描き、明楽は必死に取り繕おうとする。
 だが、次の瞬間には健気な少女のその想いも虚しく打ち破られる。
 込み上げるうねりの第2波はまたも前触れなくやってきた。冷や汗にじっとりと湿る少女のおしりの孔に目掛けて、灼熱の衝動が一気に駆け下る。

 ぐりゅるる、ぐきゅるるるるるるるるっるるるうぅぅぅ!!

(ぁ、あ、あ、)
 あまりに激しく、突然で、一度目の放出を経て緊張の緩んでしまった明楽の下半身は、その衝撃に耐えきる事など、とてもできはしなかった。
「……ぁ…っ、…ぁあ…〜〜っ……!!」

 ぶぴっ、ぷすっ、ぷすすぅ……っ

 またも小さな排泄孔がひしゃげ、断続的にガスを撒き散らす。ねっとりとした灼熱の感触は、まるでおしりをべっとりと汚しているかのようだ。
 先ほどにも倍するような、さらに濃密な臭気があたりに立ち込める。今度の放出は1度目よりも勢いがよく、出されたガスの総量も多い。文字通り腐った肉のようなごまかしようのない腐敗臭が撒き散らされてゆく。
(や、やだ、なんで、なんで……っ!!)
 ついさっき、もう二度と漏らさないと覚悟を決めたばかりなのに。
 言うことを聞かない自分自身の身体に決意をあっさりと覆されて、明楽の心はさらに深く傷を負ってしまう。だが、今度はそれだけでは済まされない。
(だめ、だ、でちゃ、だめ……ぇええっ!!)

 ぷす、ぷっ、ぷぅぅ……っ、ぶびっ!! ぶぷぅうっ!!

 明楽にとっても最悪なことに、細孔をこじ開けて吐き出されるガスが、はっきりと『そう』だと分かる音を立ててしまう。悪臭に加えて騒音公害まで発展した明楽の排泄は、どよめきのように講堂に波紋を広げてゆく。
「うわ……また?」
「なにこれ……臭い……っ」
「ねえ、誰よ、さっきから……!!」
「ちょっと、勘弁してよ……?!」
 先刻よりもさらにはっきりした非難の声。標的を見定められない曖昧とした敵意が、講堂の中に満ちてゆく。1回目ならなんとか無視できても、2度目ともなればさすがに看過できない。
 この晴れ晴れしい舞台に、無礼にも2度に渡って悪臭をぶちまけた相手に対して、新入生の中からはっきりとした憎悪が浮かぶ。それぞれがまだ知りあってもいない相手だけに、吐き捨てられる言葉も遠慮のない鋭いトゲを纏っていた。

 ぐきゅるるっ……きゅるるるぅ……

「っ……やぁ……」
 なおもおさまらない下腹部の蠕動。たとえようもない恥辱に心を切り刻まれ、明楽は俯いてぎゅっと口を噤み、なおも激しくぐるぐると唸り続ける腹をさする。
(ご、ごめんなさい……ごめんなさいっ……)
 言葉にできない謝罪をなんどもなんども繰り返しながら、涙を滲ませて必死に念じる明楽。しかし、少女の身体を支配する排泄衝動はより一層その存在感を増し、明楽の排泄器官はすでに少女のコントロールから外れつつあった。


 (続く)
 

2010/04/01 我慢長編